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川淵三郎の若い頃の活躍は?前回の東京オリンピックでは日本代表選手だった!

サッカースタジアムでの川淵三郎の顔アップ画像

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の後任に、元日本サッカー協会会長であり『2020年東京オリンピック選手村村長』の川淵三郎さんの就任が噂されています。

サッカーやバスケットボールなどスポーツの世界では有名な川淵三郎さんですが、どのような功績を残してきた人物なのでしょうか?

からこ
からこ
若い頃はどのような活躍をされていたのでしょう?

川淵三郎さんの若い頃の活躍や、これまでの経歴についてご紹介していきます

川淵三郎のプロフィール

川淵三郎の顔アップ画像引用元:twitter

川淵三郎(かわぶち さぶろう)

生年月日:1936年12月3日(84歳)
星座:射手座
出身地:大阪府高石市
学歴:早稲田大学第二商学部商学科卒業
愛称:キャプテン
渾名:サブ
家族:妻と2女の4人家族




川淵三郎の若い頃の活躍は?高校〜大学時代

川淵三郎さんは、大阪府高石市生まれです。大阪府立三国丘高等学校1年生の時に、意外なきっかけでサッカー部に入部しました

それは『船で四国に行きたかったから入部した』という理由です(笑)

戦後まもなくの頃でした。サッカーはまだマイナースポーツで人気がなかったため、川淵さんも当時は特にサッカーに興味を持っていなかったようです。

「サッカー部が大阪大会で優勝して、四国の高松で開かれる西日本大会に出場することになったんです。で、友達に『サッカー部に入ったら四国に行けるぞ』と言われてね。戦後10年も経っていない頃で、船で四国に行けるのはすごいことだったから、四国行きたさで入部したんです(笑)」
出典:堺市

それでも、生来の足の速さを活かし三国丘高校3年生の頃に、第33回全国高校サッカー選手権大会に出場しています。

三国丘高校卒業後は、2年間大学浪人生活を送ります。

浪人中も、三国丘高校OBチームの一員として毎日のように三国丘高校のサッカー部の練習に参加。

その甲斐あって、2浪目の時の都市対抗サッカー大会で、早稲田大学出身の元日本代表監督である川本泰三さんと出会います。

川本泰三さんの推薦もあり、2浪の末に早稲田大学第二商学部商学科に入学。早稲田大学在学中には、関東大学リーグで3回優勝しています。

そして、大学2年生の時に日本代表選手に選出。ローマ五輪アジア予選やチリW杯アジア予選に出場しています。

前回の東京オリンピックでは日本代表選手だった!

1964年東京五輪の選手村のサッカー日本代表選手の集合写真引用元:堺市
1964年、東京五輪の選手村にて、日本代表のユニフォームで(前列左から4番目)

早稲田大学卒業後は、古河電気工業に入社し、同社のサッカー部でプレーしています。

そして1964年の東京オリンピックに日本代表選手として出場、優勝候補のアルゼンチンに3対2で逆転勝ちしました。

1964年の川淵三郎の顔画像引用元:.wikipedia

Jリーグのチェアマン・日本バスケ界の立て直し

その後は、古河電工サッカー部監督、日本代表監督、Jリーグの初代チェアマン、日本サッカー協会(JFA)の会長(キャプテン)を歴任しています。

また、2016年には、日本バスケットのプロリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」の立ち上げに貢献しています。

20年以上2つに分裂していた日本のバスケットボールリーグ。その2つのリーグを、Jリーグの経験を踏まえ、統合し、日本バスケ界を立て直したのです。

バスケットボールを持つ川淵三郎引用元:Sportsnavi

川淵三郎の若い頃の活躍は? まとめ

現役サッカー選手時代の川淵三郎引用元:日本オリンピック委員会

川淵三郎さんは、東京オリンピックにも出場した元サッカー日本代表選手でした。そしてJリーグの初代チェアマンとして、日本サッカー界の発展に貢献した方です。

また、サッカー界だけではなく日本バスケット界にも偉業を残したすごい方だったんですね。

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